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こんにちは。
不登校を解決できた諦めない母です。

前回は、肯定的言動を始めてから234~245日目のお話でした。

子供は2学期始業式に登校する事が出来、無事に休み明けテストを受けて来る事も出来ました。夜遅くまでかかり宿題を終わらせ就寝。
登校出来た事に一安心していたのですが、次の日、突然子供は吐き気がするとトイレにこもり出てこなくなり、学校へ行けなくなってしましました・・・

そんな子供に対して祖父母は子供へ冷たい言葉を浴びせ、私もイライラぎみ落胆してしまいました・・・

学校の先生から電話が来て、子供は電話に出る事が出来なく私が話をしている間に、カッターを持ってきて手首や親指を軽く切り傷つけてしまいました・・・

子供がたった1日学校へ行けなかっただけなのに祖父母は苛立ち責め立て、私も子供の虫歯の事で頭がいっぱいなのにとイライラしつつ、とてもガッカリ暗い状態であり、そんな家族の言動で、子供は家族の思いに答えられない、先生や友達にも情けないなど思われてしまったのではと、自信を大きく失ってしまっていたようでした・・・

不登校 再発!また行けないのは・・なぜ・・?!不登校ブログ

今回は、【不登校】(小学生・中学生・高校生)子供への親の対応 実践版21のお話です。

まさかの不登校 再発!!その原因とは・・・?(不登校ブログ)

2学期1日登校出来ただけで、子供は学校へ行けず、ただただ一日一日と過ぎていく毎日でした。

私は、子供の虫歯をインプラントや入れ歯にしなければならないと言われた歯医者ではなく関東の歯医者へ行ってみる事を決断しました。父親は仕事が忙しく仲も良くないので一人で子供達を連れて行こうとしていました。

私は、まだとても心配症で酷く方向音痴でしたので初めていく関東の歯医者の事が不安でしかありませんでした。飛行機の時間を間違っていないか?どの電車を乗り継げばいいのか?歯医者の予約時間には間にあうのか?などなど頭の中が大変パニックのような状態でした。

そんな私でしたから、自分自身のマイナス思考が心に広がっていて、学校へ行けない我が子の状況を肯定的にみる事が出来なくなっていました・・・

子供が学校へ行けず、日々刻々と過ぎていく毎日になんの手立てもしないまま、どんどん酷くなる虫歯にも心が焦ってしまっていました。

子供は学校へ行けずとても否定的ではありましたが、ただ寝込んでいたわけではありませんでした。

子供は再度の不登校に陥ってしまい悲観的な言葉はよく言うのですが、今まで日々頑張って様々な経験・体験や肯定的言動をしてあげた事で、また胃痛がひどくひきこもりで食事も取れないなどという状態には戻りませんでした。

子供は学校に行けるようにと悲観的な思いを抱えたままでも、毎日ではありませんが時々は勉強もしていました。

日々、また様々な事をしながら自分なりに行動して色々な事を覚えていました。

子供が勉強をしているのは、気持ちが学校へ向いている時の合図であるのに私がそれに気づいてあげ、対処していくべきだったと思います。

なぜ、学校へ行けなくなったのか子供へ聞くべきであったと思います。そして、それに対しての手立てを考え実行していくべきだった。

例え、今行けなくなったとしても家族や学校の先生にも励ましもらったり、どうであったら学校へ行けそうなのかを明確にし先生に協力してもらうべきでありました。

今の私だから、そのように考えられるのですが、その時の私にはそんな余裕もそんな思考も考えつく心身の状態にありませんでした・・・

そんな日々を送りあと3日で関東へ行く日がやってくると思っていた頃、子供達が私に変な事を言い始めました・・・

「ばあちゃん、病気なんだって!!」

「えっ!?・・・何、突然言っているの?あんなズブタイような性格の人は病気になったりしないと思うけど・・・」

「だって、ばあちゃん言ってたよ。」

「・・・・」

私はずっと子供達へ毎日肯定的な言葉がけをしてきましたが、毎日のように小言ばかりいってくる母親とあまり仲がよくありませんでした。
それ以前からもそうでしたが・・・
【不登校 原因】不登校の子の母親の母親とは・・・!?(不登校ブログ)

プロフィールを見て頂けると分かると思うのですが、私は今まで精神的に病んでしまった事や治らないといわれる難病になってしまいました。
そして、心から明るく過ごせない毎日を過ごしていた所、子供が酷い胃痛になり学校へ行けなくなってしまい不登校になってしまいました・・・

私は子供を体調不良と不登校から救いたい一心で不登校の子をたくさん再登校させているカウンセラーさんの教えの通り肯定的言動などを実行していました。

心が暗い私が肯定的言動をすることは本当に難しい事であり、日々プラスになるよう気持ちを切り替えし、また不安や心配へ飲み込まれてはまた切り替えしと本当に大変でした。

それなのに、同居している実母は毎日のように小言ばかり、私と子供の心身がボロボロの状態であっても、励ましてくれる事や優しい言葉をくれる事はありませんでした。

私は自分で自分をプラスの感情へ持ってい行こうと無理に頑張っている状態だったのですが、いつもいつも実母にそのような事ばかり言われ、またマイナスな心の状態になりと邪魔ばかりされ本当に嫌でした。

私は、そのうち気づいたのです。

父親も昔うつっぽくなったり大きな病気をしていました。その時の状況や私の鬱っぽくなった時の事、膠原病になってしまった時の事を考えるとストレスがとても酷かったと思います。

人は酷いストレスが長期でかかると心が苦しくなり病を発症してしまいます。

その原因は、毎日のようにグヂグヂと文句ばかり私達に向けてくる母親だと気がつきました。気性が激しく自己中心的で周りに文句をつけあたり散らしてくる性格をしていました。

私も父親もそんな母親にいつも苛立ったりしていました。そして、私は悲しくもなりました。

自分の母親から私へと流れてくる文句やイライラを私は浴び、それに苦しむ私の影響が、子供へと大きく影響し体調を酷く崩し不登校になった事に気がつきました。

私は寝たきりのどんどん痩せていく不登校になった我が子を救い出せるのは自分だけだと思っていたので、母親にそのような事をもう言ってくることをやめて欲しいと何度も何度も話しました。

それでも、自己中心的考えしかできない母親は一切聞く耳を持たず私へ対してはいつも冷たく文句ばかり言ってくるのです。

そのたびに私の心は大きく揺れ、肯定的な思いは打ち消されていくのでした・・・

私は実母より自分の子供が大切でした・・・

子供を体調不良や不登校から早く救い出したい一心でした・・・

私は日々肯定的な言葉がけを子供へしていたので、自分にも子供と同じように少しずつ強い気持ちが備わってきていました。鬱っぽいような暗い心のベールが薄れてきていました。

私は母親に向かっていきました。

「あなたのその毎日の自分勝手な文句や小言でみんな病気になっている。お父さんも私も子供も・・・

もうやめて欲しい。みんなあなたのせいだ!!!!

あなたが毎日毎日うるさいからだ!!!!」

それでも、理解できない母親は毎日のように文句や小言を言うので、そのたびに私も母親を責め立てました。

そして、いつまでもやまない喧嘩に私の腹ただしい思いはおさまる事はありませんでした。

私が母親のうるさい小言に悩まされている限り子供をよくする事が出来ないと思ったからです。

私は母親の姉妹に相談する事にしました。

おばさんに、

「子供の頃から本当に母親のうるさいのが嫌だった。もう子供も大きいのに小学生の子供にいうような小言をいつまで私に言ってくるのか・・・一切聞きたくない。

私も子供もそのような母親に悩まされ病気になってしまった!!

許す事が出来ない!!!!!

何度も何度も、もうやめてほしいと言ってもわかってくれない。

近所の人や他の人にはいつも愛想のいい顔ばかりみせて家の中ではまるで違う。優しくされた記憶もない!!!!

私をもう苦しませないでほしい。」

と涙を流しながら母親が隣の部屋で聞いている中、母親の姉妹へ訴えました・・・

おばさんは涙を流しながら理性を失っている私を理解してくれました。

「母親に私から怒ってあげるからいつでも電話しなさいよ」

と言ってくれました。

私はこらえる事のできない感情を今まで心に持ち続けてきた悲しい苦しい感情を開放しました・・・

自分勝手な文句ばかりいっていた母親はこれが心に大きな杭を刺されてしまった状態だったのかもしれません・・・

それでも優しくないあやまりもしない。
もう口癖になってしまっている小言をブツブツ言ってきました。

「私はあなたがそのように育てられたのかもしれない。だけど、それを私にまでしないで欲しい。

あなたのせいで病気になった。あなたのせいで子供もこうなった。」

と小言を言われるたびに私も言い返ししました・・

母は孫が体調不良の不登校になり心配していたのにも関わらず、私にそのような言葉を浴びせられ、病気になってしまったのでしょう・・・

私の心は・・・もう耐える事ができなくなってしまいました・・・

もう子供が学校へ行けない状態より母親の病気の事しか考えられなくなってしまいました・・・

子供は学校へまた行けなくなった自分の事で不安でいっぱいなのは感じているのですが・・・

私の心は母親を救わなければいけないその思いでいっぱいになってしまいました・・・

歯医者へ無事にいく事が出来、母親が本当に病気なのか精密検査を受ける為に入院しました。

そして手術しなければならないとの検査結果でした。

私は色々また母親の病気について1日中調べる毎日でした。

手術をするとその後の心身の状態がとても良くなくなり生活していく上で大変な支障が起こっていく事を知り、母親をなんとか手術せずに治したい一心でありました。

しかし、一般的な考えは西洋医学が主になっている世の中です。私のように東洋医学の漢方など免疫をあげて病を治すというような考えを両親はまるで分からなかったのです。

ですので、手術するまでの間ひたすら私は手術を反対し、違う病院や様々な手術をしない治療法を調べては勧めるのですが、両親は全く理解してくれませんでした。

それでも、私は喧嘩になっても止めようと毎日何度も何度も両親を説得しましたが・・・

結局、両親は私を怒ってきては私の話を受け入れませんでした・・・

そして、手術の日がやってきました・・・

手術には傍にいてあげました・・・

この手術をする事で母がどのようになってしまうのか分かっていましたので、私の心は耐えられませんでした・・・

今でもこの事を後悔しています。病院で泣いて叫んででも止めさせるべきだった・・・(後悔先に立たずの事もありますよね・・・皆さんにはそのような思いをしてほしくないです。)

手術後もその後も母は大変な状態になりました・・・

もう、その時の私には体調が良くなってきてる子供が学校へ行けないなどレベルの違う出来事に構っている余裕もありませんでした・・・

もう2学期が始まり学校へ行けなくなってずいぶんな時間が経っていました・・・

親(私)の感情がこのような取り乱してしまっている状態で子供にもあまり構っていない状況ですと、子供が再登校する事は大変難しいと思います。

ストレスが酷く暗く悲しい状態の親の姿や言動は、子供が体調を崩し学校へ行けなくなりひきこもりになってしまう状態を招いてしまうという事。

いがみ合って喧嘩している事で起こる事が最終的にはどのような結末になっていくのかもよく分かって頂けたのではと思います。

ストレスだらけの暗い悲しい辛い気持ちや喧嘩をする腹ただしい思いや言動も良くない結末しか作りあげていかないという事です。

状況を良くする為にはそれと反対な事、肯定的な見方、思考、言動が良い結果を作り上げていけるという事を分かって頂けるのではと思います。

私がいつもこのブログに綴っていっている心境や出来事は、今まで詳しく他言した事は決してありませんでした・・・

私のブログに訪れて下さった方々だけに向けてお話しております。

私の話に共感して下さったり、お子さんが体調を崩したり不登校になってしまったりと、どうしていいのか分からない、どうにかお子さんを救い出したいと思っている方々が私のブログを読んで下さっていると思っております。

どうか、私のように悲しい結末を作りあげませんように・・・

皆さんがたくさんの事に気がつき、状況を好転していける事をいつも願っています。

刻々と過ぎていく毎日・・・

子供の不登校再発の原因の理由はこれだけではなかったのです・・・

【不登校ブログ】不登校 再発したら・・・親はどうしたらいい?

【不登校だった私の子の問題を解決させて学校復帰させた方法】