haha

こんにちは。
不登校を解決できた諦めない母です。

最近、ニュースで騒がれているとても悲しく無惨な事件について、まだ知らない方もいらっしゃると思い詳しく記事にしてみました。

このような無惨な事件を起こしてしまった岩崎容疑者・・「一体どのような人」だったのでしょう..

無惨な衝撃事件に思わず絶句!! 川崎市殺傷事件 

川崎市多摩区の路上で28日午前7時40分頃、両手に刃物を持った岩崎容疑者(丸刈りで眼鏡をかけ、黒いシャツとズボン姿)に、私立カリタス小学校のスクールバスを待っていた児童達が襲われたようです。

女子児童小学6年の栗林華子さん(11)と別の児童の保護者とみられる小山智史さん(39)が死亡、ほかに女児2人と40代女性1人が重傷。児童16人と大人2人の計19人殺傷したようです。
川崎市消防局によると、被害者の傷は頭や肩など上半身に集中していていたようです。

犯人の岩崎容疑者は身柄を確保されましたが、

自らの首を刺しており、搬送先の病院で死亡したようです。
ズボンのポケットからは現金約10万円が見つかったそうです。

 現場には大きな血だまりが残っていた。現場からは包丁のような刃物(刃渡り約30センチの柳刀包丁)2本が見つかったそうです。

 現場は、JR南武線と小田急線の登戸駅から北西約250メートルのマンションなどが立ち並ぶ一角でした。

カリタス小のスクールバス運転手、吉田和弘さん(60)は「現場近くに着いたところ、異変があったのでバスから降りると、周囲は血の海だった。黒っぽい服の容疑者とみられる男が横たわっており、ぴくりとも動かなかった」と沈痛な面持ちで話していたそうです。

  近くに住む40代の女性は、登戸駅から戻ってきたところ、自宅付近が騒然となっていることに気付き、「女の子が救急隊から心臓マッサージを受けていたようです。うずくまったスーツ姿の男性から流れた血は水たまりのようになっていた」と証言していたようで、男性は意識がない様子で、ほかの子供たちは呆然(ぼうぜん)とした様子で座り込んでいたようです。


 

川崎市殺傷事件 岩崎隆一容疑者の秘められた過去

岩崎容疑者が凶器の包丁を3か月前に購入していた可能性があることや、事件の4日前に現場を下見していた可能性があるようです。

近隣の方の証言
〇「事件当日の朝です。ふだんは夜中しか出かけないはずなのに、

朝7時頃表に出てきて、向こうから『おはようございます』と挨拶してきた。

思わず挨拶を返しましたが、初めてだからおかしいなと思ってたようです。

〇(70代の女性)事件直前の岩崎容疑者の姿を目撃していた。

「たまたま3日ほど前に隆ちゃんを見かけたのよ。両手に買い物袋を持って、リュックを背負って、うつむき加減にこの前を通り過ぎていった。

挨拶もしないけど、あら隆ちゃんだって思っていた。それがこんな事件を起こすなんて……」と話していたようです。

 容疑者自身だけでなく、伯父夫婦も、近所との交流はほとんどないようで、家の中での様子の一端が明らかになったのは、川崎市役所が開いた会見だったようです。

岩崎容疑者の自宅からはパソコンやスマートフォン、犯行の動機につながるようなメモなどは見つかっていないようです。

岩崎容疑者が殺傷事件を起こして自殺した後、県警が所持していた保険証から伯父夫婦に連絡を取ったが、丸刈りにしていたこともあり、

外見からは判断がつかなく、

自宅の指紋照合のほか、念のためDNA鑑定も行っていたようで、

最終的に自宅などに残された指紋で本人確認したようです。


 

悲劇を生んだ複雑な岩崎容疑者の生い立ち

【幼少期】
・両親が離婚。
・離婚後、小学校入学前に

父親の兄の家(伯父夫婦)に預けられた。

両親引き取らず。

【小学校時代】岩崎容疑者の同級生の方の証言

・低学年の時、あまり良い身なりをしていなかったので、家庭環境がよくないのかなと思われていて、授業中にツバを吐いたり、落ち着きのない子供だった印象を持たれてる。

・上級生と走り回ったり、野球をしたりいたが、体力的についてこられないと、泣きはしなかったけど

ひとりで家に帰ったり、家の前でポツンと座っていたりした。

・小6の時、マット運動の際に岩崎容疑者が脚を出して邪魔をしてきたので、男性が怒って殴ると、

「慰謝料をよこせ」と激高し、先生にたしなめられたことがある。

・勉強はあまり得意でなかった。

・女子児童に唾を掛けたり、かみついたりして、嫌がる様子を楽しむような面があった。

・小学校の卒業文集の思い出をつづるページには、友人に石をぶつけて《5年になって最初におこられた》と書いた。生まれかわるとしたら《大金持ち》、将来なりたいものは《動物園の飼育係》とつづっていた。

・おとなしくて気が弱いが、話してみると良い子だった。

【中学生時代】

・変に屈折していた。人と同調することができず、トラブルメーカーだった。

・中3の時には、

「飛び降りて死ぬ」と言って校舎をつなぐ渡り廊下の塀にぶら下がり、先生に怒られていた。

小中学校の同級生に取材をしても、どんな少年だったかを覚えている人物がほとんどいない。

「中学の時に一度同級生になった記憶はあるんですが、名前だけで全く覚えがないんですよ。同級生でグループLINEをやっているんですが、今回の件で『誰か詳しい人いる?』って聞いても、みんなよく知らないって言うんですよ。“誰々と親しかった”くらいの話が出てきてもおかしくないのに、それすらない」状況

髪形はいつも丸刈りで、つぎはぎのある服や丈の短い制服姿が印象的。岩崎容疑者が伯父といとこと一緒に理髪店に来た際には、伯父が「この子は丸刈りで」と言って、同容疑者はバリカンで刈られていたのに対し、いとこは普通にカットされていたよう。

中学を卒業してからの岩崎容疑者の姿は、いよいよ目撃情報がなくなる。出てくる彼の肖像は、いまだに中学の卒業アルバムのまま

【10代後半~】
岩崎容疑者の同級生の方の証言

・高校1年生の時、駅で偶然会うと職業訓練校に通っているようだった。

・一度、伯父夫婦宅を出たが、また戻り、長年仕事には就いていなかった。

・伯父夫婦から小遣いをもらっていたが、直接手渡さず、食事もドアの前や冷蔵庫などに置いていた。

・風呂やトイレ、台所を使う時間も決めるなど、家の中でも伯父夫婦と接触することを徹底的に避ける「ルール」があった。

・長期に渡って叔父や叔母とほとんど会話がない状態だった。

【近隣住民の話】
・10代後半の頃から姿を見なくなったが、数年前に自宅から出てきた姿を見た。

・昼間は出歩いているのを見ることはなく、見かけるとしたら夜だったと口を揃える。

【近隣トラブル】
・去年の夏頃、朝6時ぐらいにいきなり近隣の40歳代の女性宅の玄関のチャイムを鳴らし、その女性の夫が出たら“岩崎容疑者”がおり、『お宅に植えてある木の枝が伸びて、葉っぱが目に当たる』と

すごい剣幕で一方的に怒鳴りつけ、30分くらい口論、その件をご近所に話したら、みんな“岩崎容疑者”とは距離を置いていたという事だった。


 

幼い頃に両親が離婚して伯父夫婦と暮らしていたという複雑な境遇であり、人との関わりあい方が分からず、仲の良い友達がおらず

学校でも家でも孤独だった・・・

中学時代の写真しかなく、それ以降の姿が一向に掴めない。40年にもわたる孤独の深淵であった…と思われます。

 
 

 

家族・親族とは?不可解な岩崎容疑者の原因は!?(中学生時顔写真)


岩崎容疑者の家族・親族の構成・関係性はどうのような状態だったのでしょうか・・・?
調べてみたので見てみましょう。

岩崎容疑者の家族・親族構成
・父(父母は離婚)
・母
・岩崎容疑者
・祖母(父母離婚時に生存)
・祖父(父母離婚時に生存)
・養父(父の兄伯父)
・養母(叔母)
・養父母の長男(岩崎容疑者より3歳ほど年上とみられる)
・養父母の長女(岩崎容疑者より4歳ほど年上とみられる)

両親が離婚し、伯父夫婦宅に預けられた岩崎容疑者は近くの公立学校に通っていたが、同居するいとこは名門私立カリタス小に通っていたようです。

叔父夫婦の子供→名門学校、普通のカット
岩崎容疑者→公立学校 つぎはぎのある服や丈の短い制服姿、いつも丸刈り

叔父夫婦の子供と岩崎容疑者には、格差がとてもあったように思われます。

その後、年齢を重ね大人になり、一度、伯父夫婦宅を出たが、また戻り、長年仕事には就いてなく叔父夫婦宅で生活していたようです。

伯父夫婦から川崎市役所の職員への相談
高齢なので訪問介護サービスを受けたい話をしたが、長期間就労していなくて引きこもり傾向にある家族がいるので、そこに外部の人が入るのは大丈夫かと心配して相談をしたようです。

伯父夫婦から岩崎容疑者への手紙
今年1月、一緒にいながらなかなか会話をしないようで、訪問介護サービスについて伯父夫婦が岩崎容疑者の意思を確認する手紙を部屋の前に置いたところ、口頭で「自分のことはちゃんとやっている。引きこもりとは何だ」と言われたようです。
それを受けて伯父夫婦は「しばらく(岩崎容疑者の)様子を見たい」という意向を市の職員に示していたようです。

そして….その後岩崎容疑者は凶行に及び、自ら命を絶ってしまった….

〇理不尽な両親と別居
〇祖母が厳しい方で厳しく育てられ、同居する叔父夫婦の子供との格差
〇学校・近隣の方との接し方が分からなく、距離をおかれていた
〇伯父夫婦とも会話・接触なしでの孤独傾向

・両親が離婚し一緒に暮らせない深い悲しみ・寂しさ
・家では厳しく育てられ、強い劣等感を持ち、愛情を感じれず
・学校・近隣の方とも楽しく親しく出来ず

心から信じ、頼りすがれる人もおらず、心の闇がとても深くいつも孤独だったのではないでしょうか・・

そして、伯父夫婦の介護サービスの話で
高齢な伯父夫婦の現状、そして仕事が出来ず自分では自分の現状をどうする事も出来ない苦しみ
自ら命を絶つことを考えたが出来なかった・・

そして、憎しみのような悲しみのような、はかり切れない苦しい心の闇を解き放つかのように名門私立カリタス小の子達を襲い、刺し殺し、
その解き放たれた心と子供を刺し殺した罪によって自分で自分を殺す事ができたのではないかと・・感じました・・

NEWSポストセブン本誌記者が父親らしき方への電話接触したようですが、隆一さんという息子さんはいるか?という問いに対して「・・・いるようないないような」との返答。
事件について聞いても何も分からないとの事で、自宅にいたのかと聞くとほとんどいないと
そのような返答でした。

<img

警察は、岩崎容疑者の犯行は計画的だったと見ている。

伯父夫婦は、岩崎容疑者の遺体の身元確認は拒否したという。このまま引き取りも拒否すれば、無縁仏として葬送されるようです。

岩崎容疑者に対してのツイッターでの世論は・・・?

 
このような残酷な犯行をしてしまった岩崎容疑者に対してツイッターはどのような反応を示しているのでしょうか?

 
・養護しているわけではないが、親に捨てられた時点で絶望。自分だったら生きることを放棄しただろう。さらに厄介者扱いをされてよく生きていたと思ってしまう。せっかく生きていたのだから、自分で人生を切り開いてほしかった。

・親の愛情不足だとは思っていたけど不足どころか貰えてすらなかったようで、両親のどちらにも引き取ってもらえなかったのは悲しい。

・岩崎容疑者を味方している人がいるみたいだけど…、殺人はダメ。それは常識的に当たり前。

・社会に適応できないまま大人になってしまったら、その先どう生きていけばいいのか…
自分も引きこもりと大差ない生活をしていた。あの頃に戻らないという保証はなく他人事ではない。

・犯人はなんでこんな卑劣な犯行に及んだのか?犯人がいじめや何かの理由によって追い込まれたのなら、こんな事になる前に誰かが救ってあげられたら良かったのにと思う。それが悲しい。

・複数の方の尊い命が奪われてしまった事がとても悲しくて仕方がない。まだこれからの人生だというのに命をなぜ奪われなければならないのか!?

岩崎容疑者を非難する声、擁護する声、様々な意見ですが、
例え、どんな心境と状況にあったとしても・・
関係のない方の命を奪ってはいけないですよね・・決して許される事ではないと思います。
岩崎容疑者の幼少時代から長期にわたり、自分でどうする事もできなかった深い心の闇の辛さ・悲しみ…..
全く関係がないのに巻きこまれ命を亡くしてしまった子と親、そして残された家族の方のやり場のない絶望なる悲しみ…..
このような事件は・・もう起こってほしくないですよね・・

不登校・引きこもりに悩むより××と×××××が必要不可欠!!

岩崎容疑者について、たくさんの事柄を述べてきましたが…
不登校・引きこもりに悩むより×××××××が必要不可欠!!と書きましたが、

一体何が必要なのか分かりましたか・・?

子供は、愛情自己肯定感が必要なのです。

岩崎容疑者は・・いつも愛情を感じれず育ってきたのだと皆さんも感じたと思います。

そして、厳しく育てられ、いとことの格差などで自分への劣等感がとてもあり、自分に肯定的になれず自信がなく引きこもりになってしまっていたと思います。

引きこもりも不登校も同じ理由になっていると思うんですよね。

家では不登校になり、まもなく引きこもり状態になってしまいました。最初はどこにも行けず私以外の家族とも関わりを持ちたくない状態でした。

体調がとても良くないのに父親が凄い勢いで無神経にズガズガ部屋に入ってくるのがとても苦痛のようで、仕事帰りの父親の匂いでも更に具合が悪くなり、胃痛で食事もまともに取れていないのに更に食べれなくなりと本当に大変でした。

何度父親にこの状況を話しても聞く耳も持たず、毎回同じ事をされ体調の悪さに苦しむ子供が可哀そうでなりませんでした・・・

親が子供の状況や気持ちを理解してあげる事は、本当に大事だと思うんですよ。

不登校になる前、普段父親は仕事で家にいないのですが、週に一度帰ってくるくらいで来ても疲れて寝てばかり、仕事でいない間電話してあげてといくら言っても電話一本子供にかけない人でした。

子供の学校の行事は何があるか全く分からない。子供にも私にも聞かない。その他も全く興味なし。

お金だけ稼いでくれる居候みたいでした。(今は少しだけ変わった気はしますが・・)

愛情を持って親が子供と関わってあげる事は本当に大切であります。そして愛されてる事で心が満たされ子供の心は安定できるのです。

肯定的な声がけを毎日私が継続する事によって、子供は様々な事をやり、経験を増やし私からの愛情を受け心も強くなっていきました。

しかし、子供にとってはそれだけでは不十分だったようで学校へ行く事が出来ませんでした。

父親が子供へ関わった時に子供は学校に行けたのでした。

・・・きっと家の場合は父親の無関心と放任が大きな原因の一つになっていたようでした。

子供にとっては母親も父親もどちらも大切で必要な存在なのです。

お母さんだけではなく、お父さんにもお子さんの気持ちや現状を理解して愛情を注いて頂きたいです。

【不登校だった私の子の問題を解決させて学校復帰させた方法】